※ここに辿り着いた人で、今からこの作品をプレイしたいと思い、しかしネタバレは嫌だという人でも、以下に該当する人は流し読みでもして事前に「免疫」をつけてからの方がいいと思います。「過去に虐待を受けた人」「過去にいじめられた人」「死にたい気持ちがある人」
アウト。
オハナシを作る時には何かしら道具が必要になる。本作でも色々な道具が使われているが、問題となるのは「舞台が現代日本であること」、「虐待」「いじめ」「自殺」というセンシティブな問題が大道具として使われていること、それに対する適切なフォローが成されていないことである。
「虐待」「いじめ」「自殺」は現代日本において深刻な問題として存在する。当然ながら当事者が存在する。本作は「いじめ」「虐待」が物語に大きく関わり、かつ描写が詳細かつ具体的である。本作のプレイヤーにも当事者が存在する事は容易に想像でき、特に「いじめ」と「虐待」について、その当事者に対してどのようなフォローを行っていくかに大きな関心を持ちつつプレイした。
いじめの描写に関しては、「大勢で取り囲んで単一フレーズを連呼」(はやしたて)が強調されている。本作の単一フレーズは「死ね」である。ここで重要なのは「何を言われたか」と「何をされたか」を分ける必要がある事である。実際に当事者が何を言われたかは個別具体的に様々であろうが、本作の描写によって「はやしたてを行われた」という記憶がまず引きずり出される。そこに「死ね」というフレーズを叩き付けられると(ボイスをONにしていれば音声としても叩き付けられる)、当事者が引きずり出された記憶のフレーズは容易に「死ね」に変換される。ちなみに私の場合は「泣け」だったが、これは容易に「死ね」に変換された。
いじめへのフォローとして用意されたのは、同じくいじめられていた子供の自殺を未然に防いだイベントと推測する。物事は程度問題であり、物語にスパイスを加える程度に使用されるいじめであればこれで良いかもしれないが、本作のように物語の根幹部分に直結し、かつ描写が具体的、しかも執拗にシーンが繰り返される場合は話が別となる。何らかの安全弁を用意しておかなければ、「死ねとはやしたてられ」て感情的損害を受けた当事者の感情的回復は成されない。その意味で自殺防止イベントはオチとして明後日の方向に着地している。必要なのはいじめられた者同士の関係ではなく、いじめを行った者といじめを受けた者の関係の決着である。これはいじめを扱った新書の一冊でも読めばすぐに理解できる事である(例えば荻上チキ「いじめを生む教室」、内藤朝雄「いじめの構造」など)。ブ厚く難解な言葉で書かれた専門書など読む必要はない。もう一度書くが、程度の問題である。私はいじめを描いた作品全てに適切なフォローをしろと言いたいのではない。「こういう作品でここまで描いたならこれくらいやれ」という話。
いじめは「いじめ自殺」という言葉が象徴されるように、自殺との親和性が高い現象である。本作で執拗に繰り返される「自殺」「死ね」は、いじめ描写を媒介として当事者の背中を自殺の方向に蹴り飛ばす。故に本作はアウトなのである。
虐待については当事者ではないので推測から見ていくしかできないが、誰でも分かる致命的な部分は、クロが首輪を外すイベントを経て虐待問題にケリがついたと思っていたら、また母親が出てきて死亡するイベントである。母親が死亡すると母親に関する記憶、つまり虐待の記憶が消える事になる。言うまでもないが、虐待は当事者の人生に一生つきまとう深刻な事態である。簡単に記憶を消してしまうと、当事者のプレイヤーはこの問題について梯子を外された状態に陥る。ここでも当事者の感情的回復は成されない。この決着のしかたはいじめよりも悪手(と言うか最悪の解決提示)と言える。母親は首輪イベントで退場させなければならなかった。
ここで、このシナリオライターは大丈夫なのかと思って虐待における被害者の自殺が虐待死のどのくらいの割合を占めるのか軽く調べてみた。「虐待 死因」で検索すれば直ちに厚生労働省のpdfに辿り着くことができる。現時点においての私なりの結論は、「虐待を苦にして自殺する子供は、あったとしても極めてレアケース」である。いくつか文書を見ても「虐待を受けている子供が虐待を苦に自殺した」という視点が無いのである。あるのは「心中」「ネグレクト」「暴行」等々。現在虐待されている子供は自分の身を守る事に全エネルギーを使用する。そして自殺は多大なエネルギーを必要とする行為である。「自殺なんかしている余裕はない」というのが実情なのではないだろうか(軽く調べただけなので深掘りしたい人は各自やって下さい)。となると、クロの存在そのものがリアリティとして怪しくなる。本作はフィクションであるから、ここで大ウソをついても問題ない。ただし大ウソをつく以上、周辺をリアリティで固めて「それっぽさ」を強調しておかないと白ける。ここに決着がついたはずの母親が再び登場して死んで虐待の記憶が消える、現実では絶対にあり得ない大ウソイベントが来る。大ウソに大ウソを重ねると白けもいい所である。だが、ここまでは白けるだけなので、まだ問題ない。問題なのは、現代日本を舞台とし、そこで深刻な社会問題として現に存在している「虐待」でこれをやってしまった点にある。「ヒロインを虐待という苦しみから解放するために記憶を消す」という絶対に不可能な設定をしている時点で、シナリオライターが社会とどう向き合っているかが浮かび上がってくる。アウト2。
まとめると、「自殺」「虐待」「いじめ」という親和性の高い三者を物語の中核に持っていきながら、そこに十分なフォローがされていないのが本作の問題点であり、場合によっては当事者を自殺の方向に誘導する危険があるどころか自殺に誘導された人間は最低1名存在する。ゲームに「死ね」って言われました。現在、死にたい気分に襲われてとても苦しいです。流石にこれはマルチプラットフォームで大々的に展開する仕方で流通させる商業作品としてはマズいだろう、シナリオライターはこれらの問題についてどこまで調べた上で(またはきちんと想像して)書いたのか?監修はここに書いたような「自分がその立場だったらどう思うか?」という視点を持たなかったのか?が率直な感想と疑問である。
しかし世に出てしまったものは仕方ないし、ゲーム内で描かれたものはもう取り返しはつかない。となると、ゲームの外でフォローするしかない。どうフォローしていくかについては、過去に虐待やいじめを受けた人間が相談できる何らかの機関・団体、また自殺対策に取り組む団体を紹介するあたりが落とし所と考えている。紹介する団体は、相談した際に必ず適切なレスポンスが返ってくることが担保されていなければならない。
まあ多くの団体はメールを送っても返事すら寄こさないか、「それはウチの仕事じゃない」とつっ返されるのが実情ですけどね。
Rating : 自殺教唆 / 10